乗馬クラブの年配インストラクターの顔が優しくなった

気づき

先日の久しぶりの休日に私は母の畑を手伝いに行きました。電車で相模大野まで行き、そこからバスで約15分。大きな大学病院の近くに母の畑があります。母は私が降りたバス亭まで迎えに来てくれました。

畑までの道中にあるコンビニに寄った時、社交的な母の一面に驚きました。
私がコンビニの化粧室から出てくると、母が見知らぬインド系の男性と話していたのです。私が近づくなり、「この人日本語上手なの。もう3年も日本にいるんだって。」と言うなり、母も化粧室へと入って行きました。残された私とそのインド系の男性は暫く話をしました。彼はパキスタン人で仕事の為に日本に来て、母の畑の近くにある廃棄物処理業者で働いていました。
車に戻ってからも暫く母は海外から来る人たちの生活などに思いをはせており、私は母から見知らぬ外国人に声をかけた社交的な一面に母のエネルギーを感じ、嬉しく思いました。

畑に着くと、まずは沢山のおにぎりとコンビニで買ったつくねや焼き鳥でお腹をいっぱいにし、畑の仕事にとりかかりました。私の大好きな茎ブロッコリーがそろそろ終わります。大量のブロッコリーを取り、半分の畝は抜いてしまいました。花が咲き始めた水菜を収穫し、茂った菜っ葉を間引きし、水撒きをしました。さやえんどうの弦の為の支柱も立てました。2~3時間程で肌寒くなってきて、私たちはその日の作業を終えることにしました。

畑からの帰り道、私はふと思い出し、母に頼んで途中にある乗馬クラブに寄ってもらいました。最近時々思い出しては、『また馬に乗りたいな』と何となく考えていました。
私が学生の頃、父が初めて私をこの乗馬クラブに連れてきてくれました。父は若い頃よく馬に乗っていたそうです。父はその日颯爽と馬にまたがり、しばらくの間乗馬を楽しんでいました。
この日をきっかけに私もこの乗馬クラブに結婚するまでの間通っていました。馬の大きな体に艶々な毛、優しい目が大好きでした。クラブの中だけでしたが、馬と一緒に走るのはとっても気持ちが良かったのを覚えています。たった一つの難が2羽の鶏でした。とっても凶暴で、私をいつも突っつき回し、私はブーツのある納屋に時々避難しなくてはなりませんでした。

今はもう、鶏はいません。馬の数も倍以上になりました。クラブのメンバーの方たちも沢山いました。何より変わったのがその雰囲気でした。女性会員が増え、受付の方もとても親切。きっと私がいた頃の年配のインストラクターの男性のお孫さんでしょうか?受付の方の子供も我が家のようにそこで過ごしていました。昔は年配の男性2人だけ。あんまり愛想も良くなく、話をした記憶があまりありません。
『やっぱり女性がいると違うな』と感じました。昔不愛想だった更に年配になった男性も満面の笑顔。まるで別人のようでした。『幸せそうだなー』

今日はプチ・グラウンディングの日になりました。
土から太陽から風から草花から、そして大好きな馬からたくさんのエネルギーをもらいました。

 

 

 

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